水道から蛇口をひねるように私たちは生まれる。


コードナンバーは、fg。母はΩオメガ。


母から1番目に生まれた量産型女の子。それが私。


製造ナンバー:fgー1。


何故か胸の内にある熱い想い。


まだ見ぬ少年(かれ)に会いに行く。





2010/11/30


意外にもfg-3が立候補してきた。意外だ。「なんで?」って聞いたら、「暇だし」だって。まあ、確かに暇そうではある。


よくよく考えると、fg-3はご飯創ってくれたり、買い物まとめてくれたり、世話好きだなと思った。学級委員を飛び越えて、生徒会役員でも良いのかも。fg-3が生徒会やったら、私と身近すぎる気もするけれど。


いずれにしても、今の所、立候補は一人だけだ。あと誰か立候補するのかなー。ホントは、登校拒否してる子とかもやったら良いのになーとか思うので、あとで家庭訪問して説明して来るのも良いかもしれないな。



2010/11/29


本来、生徒側から提案があるべきなものだが、校長が朝礼に人を集めて、生徒会というものをやりますという事を宣言した。一応、立候補者を募り、選挙によって、それを選ぶ事になる。


まあ、こういうのは、ほとんど罰ゲーム的役柄なので、やりたい人がどれぐらいいるのか分からないが、そのへんは生徒の自主性に賭けてみるという事で話が一致した。一致したというのは、つまり、自分も首謀者の一人だという事である。ていうか、完全に私が言い出しっぺだ。


生徒会と言っても、実態はボランティアのような雑用係になるだろう。でも、それでいいし。そういう事でヒエラルキーを創っていくのも母様の下にフラットになりすぎてる私たちには良いような気もするのだ。問題は、ちゃんと雑用をやってくれる人をみんなが尊敬できるのかどうかだろう。そのへんは、私たち教師の腕も問われるような気はする。



2010/11/28


校長と映画館デート。この映画、誰つくってんだろ?とふと思った。fgの中にも映画つくってる子いるのかな?なんて事を思いながら、映画観たら感動した。タイタニックって映画。よく出来てるなー。


その後、校長といろいろ話をした。この学校をどうしたらいいかとか何とか。結論としては、色々な事を母様関係なしにやってみようという事だった。どうなんだろうな。少しワクワクする。校長とのおしゃべりはたのしい。スッカリ教師になったって事もあるかも。あと、校長だけは唯一、自分より立場が上の人として喋れるというか。複雑な感じ。そういえば、教頭とは、あんまり話さないなー。



2010/11/27


fg-2は、あいかわらずサッカーをしている。対戦相手もいないのにサッカーの練習をするのは何でなんだろう?そのへんの事を聞いてみようかとも思ったが、それは野暮なのでやめてみた。


というか、fg-2のやってる事を見ると、全ての運動したいfgをサッカーに集めて、それを組織してリーグ戦をやろうとしてるのかな?という事を思う。部員集めにも積極的だし。相手を作るところまで組織したいのかなと。


3人の中でも3人揃うとfg-2は姉御肌だし。たぶん、生来のリーダーなんだろう。しかし、だからといって、学級委員長を頼めるようなタイプでもないんだし。人はそれぞれだなと思う。


あ、そうだ。今度、fg-3に学級委員を頼んでみようかな?どうなんだろう。そういえば、そういうのも選んでなかったな。やっぱり、こういうのは投票で選んだ方が良いんだろうか。



2010/11/26


fg-3と昨日の話について少し話してみた。


「fg-4が展覧会やろうかって言ってるんだけど。」


「お!いいねいいね!やろうよ!」


「あ、意外に乗り気なんだ。なんで?」


「いや、たのしそうじゃん。」


「へー。fg-3もそういう事たのしそうだと思うんだね。」


「そりゃそうでしょ。ていうか、なんで、この学校、文化祭ないの?」


「あー。文化祭ねー。そういえば、そういうの無いなー。」


「行事とかさー。もっといっぱいやればいいのにね。」


「そっかー。そうだね。この学校もまだ色々足りないもんがあるんだなー。」


「足りないものだらけだよね。だから、暇なんだよ。毎日。」


「あ、やっぱ、暇なんだ。」


「そりゃ、暇だよ。やる事ないし。まあ、それはそれで良いんだけどね。暇で。」


「なるほどねー。へー、そっかー。」



2010/11/25


fg-4との話が面白かったので、書いておく。


「あのさー。fg-4は、生まれてすぐに絵を描いてるけど、なんで?」


「なんで?たぶんプログラミング」


「プログラミングー!!?じゃあさー。絵を描く以外の人生は考えられないの?」


「考えはられるけど、考えないよね。考える前に手が動くし。」


「じゃあ、なんで数多いるfgの中で自分だけ絵が描けるんだと思う?」


「自分だけかどうかは分からないけど、たぶん母様の設定でしょ。」


「設定なんだ。絵を描く以外の事をやらないの?やる事考えない?」


「考えないなー。でも、たまにゲームやってるし。学校の勉強してるし。まあ、そういうのも絵に結びつけちゃうけどさ。そういう頭の構造なんじゃない?」


「じゃあ、そこで生まれる絵もプログラミングによるものだと思う?」


「ある程度はそうだね。機械として絵を生産してるんだなーって思うときはあるし。周り見ると、やっぱり、不自然かなーって。プロっていうのでも無いんだろうし。」


「そうだよねー。絵は買って欲しい?ていうか、展覧会とかやらないの?」


「うーん。私たち、お金に困らないからなー。でも、買って欲しいかなー。飾って欲しいというか。展覧会はやりたいよね。」


「ゴールは特にないんだ。」


「ないっていうか、一個描けば、修正点は無数に出るからさ。それを処理していく感じじゃない。文字通り、処理でしょ。機械だから。」


「もしかして、fg-4って自分を人間と思ってない?完全に機械だと思ってんの?」


「そうじゃない?ていうか、機械じゃん。まあ、姉様はちょっと違うのかもしれないけど。」


「ええ!そうなんだ。でも、fg-3とか、そう思ってないよね。」


「まあ、そうだけど、でも、大した修行もしてないのに絵が描けるのは不自然だよね。それはプログラミングなんじゃないかなー。」


「それに対して抗いたいとかないの?」


「ううん。そのへんは複雑じゃない?だから、機械っていっても、心がないとか、そういう事ではないよ。じゃないと絵は描けないかも。」


「そうだよね。あんたの絵は、なんかがあると思う。うまく言えないけど、機械が作るものじゃないっていうかさ。そんな感じ。」


「逆説だけど、それは意識してる。何かを伝えるときの何かは、割りとそれかなーと。私たちにとって一番切実な問題がそれじゃん。そういうのは、描かないとなーという使命感みたいのはある。」


「そうなんだー。へー。面白いなー。今度またいろいろ聞かせてね。ていうか、展覧会やろうよ。」


「そうだね。人も増えて来たし。やる意味は出て来たよね。」


「あ、やっぱ、人なんだ。認識。」


「あ、ホントだ。まあ、でも、機械でも人は人だしね。」


「そうなんだよね。本物の人間と言われても周りにいないしね。」


「たしかに。」



2010/11/24


そうこうしてる内に随分と登校拒否児が増えて来た。まあ、学校にいたところで何が変わるでもないんだし。それに関しては問題がないだろうと思う。


個人的にも、また旅に出たいなーという思いはある。このままずっと先生をやるかと思うと気が滅入る事もある。生徒においては尚更だろう。あ、母様が気が滅入る状態をセーブしてしまうから、みんなは気が滅入っても、さして、それが長く続かないのか。


いずれにしても、登校拒否してる子の方が自立してるんじゃないかなーと思わない事もない。どっちなんだろう?まあ、自立してるかどうかをそんな行動で判断する事もないんだけど。


いずれにしても、この世界にはまだ色々なデータが不足しすぎている。もちろん、私たちの頭の中には、ものすごいデータがストックされてはいるのだけれども・・・(でも、このfgの世界が生まれてからはまだ間もない。私の年齢と一緒なのだものね)



2010/11/23


fg以外の女の子を見た。街角で。agではなかった。飛んでいたからfgかな?とも思ったが、飛び方が違った。


なんていう機体なんだろ?目は大きく、身体のバランスも頭身が低く、かなり異質な感じだ。肌も透けるような感じで、なんというか、全体的にぽわぽわとしている。精霊みたいな感じ?


もしかしたら、機体じゃなくて精霊なのかもしれない。いずれにしても、この世界には、やっぱり、様々な人種があって、そして、私たちはそれをまだ知らないという事だ。そう思うとちょっとワクワクしてきた。



2010/11/22


fg以外の女の子を見たという噂がいよいよ広まっている。ここまで来ると多分どこかにいるんだろう。そもそもの話、私もag子たんたちを知っているのだし。


しかし、これまたそもそもの話、もはやfgも増えに増えて来て、町中のあちこちがfgで埋まり出してきてる感がある。ここまで来ると、学校に通っているfgが全部ではないんだし。fgをトレスするのだって大変だ。空にはまだ球体が浮かんでいる。この後もどんどんどんどん湯水の如く妹たちが生まれてくるのだろう。


一体、この世界には本当はどのぐらいの人がいると言うんだろう?そもそもの話、この世界の果て、もしくは、世界一周といったような事を私はした事がないので、この世界の広さを全然データ上でしか把握できないし。そして、そのデータ上だって、むしろ、私たちの周辺の事が抜け落ちているので、色々、分からない事は世の中にたくさんあるんだなーという事は思う。それ故、分かりたいと生きるモチベーションが上がるような気もする。



2010/11/21


生態系を漠然と眺めている。バランスが良い。


この世界のバランスは絶妙によくて、それで逆に「抜け」が目立ったりもする。映画やゲームは誰が創ってるのか?とか。


しかし、それにしても、この世界のバランスは絶妙だ。天敵とそのまた天敵などの相関図を頭の中で解析していくと、ものすごいな、と唸る。


もちろん、これは逆説ではある。この世界がこうであるから、そのバランスはそうなのだ。


人間というのは、このバランスを崩す存在になれるかもしれないと思う。それは否定的ではない。そりとて、肯定的でもない。人間の機能として、バランスの崩しに飛躍があって、それが行動を躍動させる鍵なのではないかとも思うからだ。


これは宇宙を見た場合と若干似ている。星の軌道が何らかの衝撃でズレたりすると、計算上、宇宙の構成が変わったりする可能性が出て来る。そして、その変わった先に私たちの存在があれば、それは一瞬(と言っても、それは数百年、数千年かもしれないが)で消し飛んでしまうような存在が私たちだろう。


ホントにそうだろうか?人間がそうであるとして、私たち、量産型女の子はホントにそういうものなんだろうか?母様は何らかものすごい力を持っているような気もする。どうなのだろう?それは過信かしら。



2010/11/20


そもその話、この世界の問題の一つに苦しみが少ないところはあるだろう。なので、自分で苦しみを設定して、そこで生きている価値のようなものを出して行く所が私にはあるが、それが汎用的な方法なのかどうかはよく分からない。


いずれにしても、この世界では生きるという事に対して、ふわふわしすぎな気がする。


惰性で生きて行くのと行動を自ら詰めていくのでは、人生における体感の充実度、密度のようなものは明らかに違って行くと思う。但し、密度を詰め過ぎるとそれは本当に苦しいだけだし。そのさじ加減に難しい所は一つあるのだろう。


そもそもの話、苦しみを意図的に創っていく事も苦しい。しかし、それは与えられた苦しみがどんなものか分からないが故の甘えな気もするし。いずれにせよ、何かを律する事で何かが立ち上がるという予感がするのは、みんなそうなんじゃないだろうか。生徒の話を聞いててもそう思う。


しかし、その生徒たちは、全てを母様に守られてる存在とも言えるだろう。



2010/11/19


fg-4のように道の決まった子に対して、どうすべきなのかはちょっと考える。まして絵は私、得意じゃないし。この世界にfg-4より絵が得意な人間も多分いないだろう。その状態。


もっと複雑なのが、fg-2のような、おそらくずっとそれをやる事は困難であろうサッカーのような道を追求している事で、それは団体行動も絡むから事態はもっと複雑だ。


しかし、私たち機体は体力が落ちるでもなし。老いもあるかどうか分からないし。そもそもに職業という観念も何も曖昧なので、結局、fg-2はずっとサッカーをやり続けるのかな。


だとしたら、fg-2がずーっとサッカーをやっていくと、この世界のサッカーはどうなっていくのだろうか。プロとかも出来るのかな?プレデータの中では、サッカーのプロは大体、男性がやってるように見えるけど。


いずれにしても、未来を思うとたのしいので、その内は、この世界も安泰という事だろう。しかし、私たちが生きてるのが今だという事も忘れては行けないのだ。



2010/11/18


結局のところ、学生に道をつくってあげるのが教師の役目ではないかと思う。道をつくってあげれば、そこにモチベーションが発生して人生がたのしくなるというような。


私においては、その学生に道をつくる事自体が道なので、ちょっとズルだなと思うけど、その分、私の道は学校に拘束されてしまうし。飛躍はないのかなと。


もちろん、fg-3のように、そんな事はお構い無しな感じの子に無理に道をつくるというのは最悪なやり方だとは思うけど。でも、とりあえずは、本来、みんな学校を飛び出して、自分の道に向かって勝手に突っ走るのが良いように思うのだ。それは例えば、私の生まれてすぐの頃がそうだったように。


そう考えると、ある意味では、登校拒否児たちは、より広く可能性であるような気もする。



2010/11/17


fg-3があいかわらずぼ〜っとしている。fg-3はぼ〜っとしていて飽きないのかというと、全然まったく飽きないらしい。それはそれで才能だろう。なので、授業中はそっとしておいてる。たまにチョーク投げて当ててみたりするけど・・・(でも、それでも、彼女はぼ〜っとし続けている)


あ、ちなみに、この電子化された世界の中で私たちは電子黒板でもホワイトボードでもなく、普通の黒板とチョークを使っています。なんでだろ?様式美?



2010/11/16


fg-4の絵を見て不思議な気持ちになる。母様は何故このような能力を彼女に与えたのか?


いや、これは母様が与えた能力なのだろうか?そのへんのところもよく分からない。いずれにしても、fg-4の絵が私のそれとは違う「何か」である事は確かだ。


人は、こういうものに接した時どうすればいいのだろう?fg-4は来る日も来る日も絵を描いているが、そこにどういう意味があるというのか?


しかしながら、こうした絵を見た時、そこに何らかの人生の秘密が隠されているような気もするし。こういう絵が維持されるような社会は良いんじゃないかなーというような事は思う。


しかし、この世界に画家といった職業はあるのかどうかも分からず、そして、fg-4はまだ学生であるという事だ。


まだ?


彼女たちはいつか学生じゃなくなる日が来るのだろうか?その時の為に勉強し絵を描いてるというのか?


fg-4の話を聞く限り、そんな事は全くなさそうだが。何をモチベーションに絵を描くというのか?は重要な気がする。


というより、それが無ければ、彼女もまた単なる機械の作業をしているに過ぎず、彼女の絵もまた機械化されたオートメーションな所から生まれた「製品」に過ぎないと言う事になってしまうだろう。


しかし、それは違うように思う。そのへんに世界の謎を解く鍵があるのではないか?



2010/11/15


ぼやぼやしていたら、感情に揺れが出て来た。これを生徒の為に統制して安定させるっていう気もする。それが良いのかどうかは分からない。


私と対極に生徒たちに感情の揺れはほとんど無い。少なくとも、自分で統制する必要がなく、メンタルだけは完全に母様にケアされる事になっている。


この差がのちのちにどう出るのかは気になる。私の講義は、ある種、先行した私の体験に依っているが、月日が経つにつれて、その差異は小さくなるはずだし。何しろ、そもそも、私も先生稼業に日々を追われて、体験において他の機体にリードする部分は全然、獲得できてもいないだろう。


ちょっとの体験のリードがのちのちまで響くという事はもちろんあるのだろうけれども。少なくとも知識的な事をいえば、もはや、私が生徒に教える事は何も無いという事は言えるだろう。


もっとも、私が人生を先行している事実は永遠に変わらないのだし。その意味では、「勝手に」生徒が私をよき先生に仕立て上げてる面もあるのだ。私の存在は、いずれにしても、みんなにとってスペシャルではある。



2010/11/14


日がな一日ぼーっとしてゲームをやる。たまには休息も必要だと思った。



2010/11/13


リサーチすると色々動いてる子はいそうだ。私はfgたちの事を知ってるようであまり知らない。デバイス以外では、彼女たちとつながっていないからだろうか?他のfgたちは、母様を通じて、どういう情報網を形成しているんだろうか?


とはいえ、私より、みんなの方がお互いを理解し合ってる風でもないし。彼女たちが何を持って生きているか?という事も考えると不思議そうに思ったが、その問いは母様にリセットされるのだろうか?発生しない問いなのか。


みんな普通に生きられますからね。



2010/11/12


何かを創ってみたら、どうなんだろうか?単純に文化祭とか。それもいいかもしれない。


この学校は、まだ出来たばかりなので、色々と不慣れなのだろう。


校長先生がこういう事を決めて行くべきなような気もするが、どうなのだろう?生徒会とか創って、そこで運営するのが筋なような気もする。


プレデータには、色々な学校の前例があるので、いくらでも手は打てる気がするけど、その機運が高まらないのは、やはり、私たちがまだまだ未熟だからなのではないだろうか?


思った以上、私が手を挙げるべきなのかもしれないが、いかんせん、私だって、その事に腰が重いというような気もするのだ。賛同を得られるかしら?



2010/11/11


生活が進んで行くと人間関係が煮詰まって行くと言う事はある。同じ人間がずっといれば当たり前だろう。


一緒に時間を過ごすという事は、その子の過去も知っているという事なので、なかなか新しい事をしにくいのかなという気もする。そのせいか、生徒たちがどんどんキャラ化していくように感じる。


これを個性と呼ぶべきかどうかは難しい。差異化ではあるけれど、個性なのかなー。


もちろん、個性を下にしてのキャラ化ではあると思うけど、そこの固定されるのは何だか息苦しい感じもして、それもそれでどうなんだろうという気もする。ギャップがあっても変えられないんじゃないの?とか。


かくいう自分も、もはや、先生役のお姉様キャラなのは変えられないだろうし。今更、自分が何処かのfgとかにごろにゃ〜んと甘えるのもそれはそれで変な気はする。


でも、その願望がゼロかというと、そんな事もないしな。



2010/11/10


fg以外の子は、果たして頭身が低く、目は大きく、飛び方も一風変わってるという所までは分かった。やはり、agであろうか?ag子たん、飛べたかなー・・・。


それはそれとして、登校拒否は更に続いていて、しかも、他のクラスではグルーピングがかなり進行している。この中で、概ねのクラスで率先してハブられているのは先生役のfgである。そういう事態に今は陥っている。


もちろん、私などは、先生は孤独で良いのではないかとは思うのだが、そもそも先生も生徒もスペック的に何ら変わらない機体なので、そういうグループ分けのされ方はイヤな子が多いみたいだ。


というわけで、そういった先生はそういった先生で職員室で徒党を組んで愚痴大会を繰り広げてるので、職員室も随分、空気が悪くなったなーと思う。


校長や教頭は、そもそも一人に慣れているので、その役を甘んじて受け入れる態勢にあるように思う。用務員のfg-10もそんな感じだ。そして、もちろん、fg-3は相変わらず窓を眺めていて、一人ぼーっと何を考えてるんだか分からない調子で日々を送っている。時折、fg-2やfg-4がチャチャを入れに来る。fg-4も絵を描いてばかりだから孤独なんじゃないだろうか。



2010/11/09


またfgと違うタイプの子を見たという噂が上がっている。本当だろうか?


まあ、私に関しては、agの存在を知っているわけだし。そういう事もあるだろうと推測するが、そもそも世界には、どれだけの人がいるのか想像すると、ここは隔離された世界なのかな?という気がして来る。


例えば、プレデータにある小説や音楽の営為とか、あれなどは人の痕跡以外の何物でもないのだし。


全体、不自然だとは思いつつも、しかし、ほとんどのfgは、母様にその疑問を遮断されてしまうのだろう。


結局、私たちは、母様の庇護化で生活するしかないのだ。しかし、身近に他の子がいた場合、その意味は随分、異なるだろう。



2010/11/08


結局のところ、人がいっぱい増えても接点は限られるので、孤独な感じはさほど消えない。


まあ、ただ、こういう感じが生きる糧にもなるのかなと思うところもあり、それで教師の仕事に熱が入るところもあるだろう。


教師の仕事が自分でもすっかり生活の一部になってきたが、これはそもそも、何となくではじまったロールプレイなので、やーめた!というのもアリなような気がする。その意味で、私たちが登校拒否をする事にそんなにダメな理由を見いだしにくい。


関係性の中に身を置くと、自分の人生に相当「意味」のようなものが生まれて来るように思うが、それでも人は一人である。というような感じは何処までも付随してしまうもののように思う。それはそれでいいと思う。


これは、私が母様のマインドセットを外された唯一の存在であるから、そう思うのかもしれないけど、多分そうでもなくて、みんな、何かしら、自分だけの特別感があって、それが毒にも薬にもなったりするものなのだろう。


というのも、推測するしかないほど、私たちに他人を見る事は不可能なので、やはり、人は孤独なんじゃないかなーという事を思う。こういう事を考える余裕があるのが私たちという事なのかもしれない。



2010/11/07


色々と世の中が変わってきてるのかなとも思う。それが良いかどうかは分からない。その分からなさに幾ばくかの恐れがあって、それでその変化がより説得力を持つようにも思う。


変わりたく無い事の為に変わるというか、人間は動的な生命体なので、何かしらのゆらぎがあって然るべきだが、しかし、私たちは、可能な限り、それを母様に回避してもらってる存在だとも言えるだろう。


それは「生きてる」って事の意味を考えた時にどうなんだろうか?まあ、それはそれで良いんだろうけども。



2010/11/06


登校拒否が出たからと言って、やはり日々はまったりとしているように思う。そもそも狭い場所にあれだけの人間が入ってる意味というのは、人間を集積させる事によって密度を創り、何らかの出会いを促進させるというだけの話で、そこから離脱したとして、さして問題は無い。


無論、これは私たちが教育の問題から切り離されて、生まれた時から、ほとんど後天的に学習する事が無いといった事実にもよるだろう。本当にそうだろうか?


fg-2のサッカーを見る限り、それは嘘じゃないかとも思う。fg-2のサッカーの技術は日々、上達している。fg-2は、あてのない相手を求めて、何故あれほどサッカーに打ち込めるのか不思議だ。しかし、いずれにせよ、おそらくは、その技術向上に何らかの意味を見いだしてるのだし。それは全くもって正しい行動だと言えるだろう。私たちは、まだまだ成長できる存在なのだ。そういう事を背中で見せてくれる人間がいるというのは、何とも頼もしい感じがする。



2010/11/05


先生と生徒ながらもグルーピングされたクラス、つまり、fg-24のクラス3-5は、生徒同士でもグルーピングされつつあるようだ。別クラスだが、その意味では、fg-fiveもグルーピングの一例だという事は出来るだろう。


3-5を見ると、とりわけfg-13のグループは、fg-13をボスとして、かなりまとまったグループを形成しつつあり、逆に言うと、そこからこぼれ落ちた子が割りとクラスの中の居場所を無くしつつあるという構図が見られる。登校拒否が出るのは、どちらかというと、グループ外の生徒である事から、どちらかというと、グループに入ってしまった方が楽だという事なのだろうか。


しかし、元より、私たちの性格から言って、一人でいる事も何ら問題ないとは言えるので、こういうグループがどう機能していくか、よく分からない。ていうか、ふと思ったが、fg-2、3、4の3人だって、ある意味では、グループとしてまとまっていると言えなくもないのだし。私もどちらかというと、そこのグループに近い存在として、妹たちから見られてる面はあるのだろう。


教師として、そういう事も不味いのかなとちょっとは思ったが、とりあえず、しかし、私たちは姉妹なのだし。その関係性が明確に線引きする事は出来ないんじゃないだろうか?



2010/11/04


fg-5を中心にして結成したグループで、fg-fiveというのがあるらしい。fg-5は私たちにすごい近い番号なのに、そういえば、あんまり知らなかった。fg-4とfg-5の間には何らかの断絶があるのかなという気がする。fg-5は、どことなく特徴のない感じでアーリーfgとしては、すごく普通な感じがする。


グループは5人いて、他の4機は、126とか、282とか、別に5という番号はついてない。しかし、通常ちがう格好をして、服装で差異を出そうとするfgが多い中、このfgは同じ服を着て、同じような顔をしている。曰く、アイドルグループを真似ているのだそうだ。


そういえば、デバイスの中にはアイドルグループの音楽とかがある。このアイドルグループとは何なんだろう?fgじゃないわけだし。何なんだろう。プレ世界の産物である事に間違いないとは思うけど・・・世の中には、まだまだ知らない事がたくさんあるな。



2010/11/03


fg-87と89が休み。ちなみに、fg-86は校長。88は保険の先生だからして、何か因果関係があるのかな?とも思ったが、校長に聞いても、保険の先生に聞いても、自分たちは、そんなに休みたいと思う事はないとの事だった。


ちなみに、87がどういう機体かというと、ちょっと細身のfgでサッカー部所属。ポジションはDFで、fg-2曰く「特徴が無い」だそうだ。少し顔はしゅっとしていて、男っぽい所があるような気がする。


89は、30のクラスで、いつも毛皮のベストみたいのを着ている。趣味とか、そういうのはあまり無いそうで、ゲームは好きだけど、デバイスでやるというよりは、ゲームセンターに行く方が好きで、というわけで、放課後、ゲームセンターを除いてみたら、案の定、そこでゲームをやっていた。なので、登校拒否の理由を聞いたところ「めんどくさい。行く意味がわからない」との事だった。


ちなみに、87の事を聞いてみたところ、「知らない」との事だ。まあ、大体、そんなもんだろう。近い番号だから、すごく仲が良いというのは、2、3、4、もしくは私を含めた4人ぐらいなものなのかもしれない。違うかな。どうだろう?



2010/11/02


fg-45とかfg-78とかが登校拒否をしている。登校拒否をしている生徒を連れ出そうとする者もなく、すべてがだらだらと進む。


校長にこの事を相談したところ、校長も、う〜んって感じで、大体、態度を保留している。


全体、この子たちは母様の考え抜きにモノを考えられないのかもしれない。その事にちょっと苛立って来てる部分はある。そして、それがめんどくさいなって思える程には、私の中の孤独は抜けて来たのだという事が出来るだろう。



2010/11/01


果たして登校拒否の子が増えていた。自分のクラスにはいなかったが、他のクラスには、ぼちぼちと現れている。


全体、このフラットな世界で学校にも行かないで何をやるのか?とも思うが、当面のところは、ゲームをやっていても楽しめはするのだろう。私がそうだったように。


私以外の機体は、孤独を味わってないので、一人でいたい欲求も強いのかもしれない。しかし、学校から帰ったあとの一人でいる孤独感とかを考えると学校の方が良いのではないかという気がしないでもないが、よく分からない。


いずれにせよ、母様は、この事に修正パッチを当てていないので、さほど問題ではないのだろう。


しかし、それは世界全体にとって問題ではないというような意味で、私たち一人一人においては、それはそれなりに問題になってくるのではないだろうか?



10月の日記


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