水道から蛇口をひねるように私たちは生まれる。


コードナンバーは、fg。母はΩオメガ。


母から1番目に生まれた量産型女の子。それが私。


製造ナンバー:fgー1。


何故か胸の内にある熱い想い。


まだ見ぬ少年(かれ)に会いに行く。





2011/04/30


今日も日がな釣りをする。昨日から着替えもしてない。着替えしない事やシャワー浴びない事が気持ち悪くなる程度には、今の生活に順応してると言えるけど、あの日の記憶がまだ根強いと見えて、普通に山小屋で寝泊まり。てか、山小屋がある時点でここは釣りスポットの設定なのだろうな。まあ、実際、他に釣りをした事があるかどうかというとあやしいけど。こういう所に他の機体がいたりしないだろうか?夜は静寂というよりは、森の音がうるさい。風が強い。



2011/04/29


山の方に行って釣り。イワナやヤマメを釣る。釣りはたのしい。


基本ぼ〜っとしてるだけなんだけど、頭ものすごい働いてるといえば働いてるし。そして、そのぼ〜っとした時間の中で一瞬を捉えるような。良いよね。自然との調和を感じる。まあ、魚には良い迷惑なのかもしんないけど・・・。



2011/04/28


明日から長期休暇なので、雰囲気がゆるい。ゆるくなる事で日頃の緊張感が分かるというか何というか、ふに〜って感じがする。天気がよかったのもあるだろう。


私は折角の休みなので、ちょっと旅行に行こうかと思う。そろそろ学校がイヤになってきたし。まあ、みんなそうだろう。生まれてまだ一年も経たないというのに、もう日常に疲れてきた感がある。ホントに私たちの存在の意味が分からないが、まあ、それもそういうもんなんだし。あるものはあるんだし。



2011/04/27


fgには精神の不調がない。便宜上、ない。母様のメンタルセーフが利くからだ。ここが今の問題のポイントだろう。


そう考えると、このイジメはゆらぎによるものでもない。しかし、本当にゆらがないのであれば、人間が固定化されてしまうので、母様もある程度、ゆらぎを許容していると言える。そこに私たち教師のつけ込む隙がある。


その許容範囲内のゆらぎにより、イジメが起こってるのかどうかがポイントだ。これが機種間闘争の前触れだとしたら、むしろ本質はそっちなのだ。


この世界に戦争がありやなしやという事を考える。私たちを考えるに生活に不便はないし。領土問題もない。そもそも街から出て行かない人間が大半の中で戦争なんて想像もつかないが、それは人が少ないが故の問題かもしれない。


問題はmgの側にある。たぶん。この推論こそ、イジメの源にもなる。mgという機体はどういうのなんだろうか?なんで後天的な機体なはずなのに、私たちよりスペックが低いのか?そこのところが私は気になっている。何かあるのだろうという気はしている。その恐れもあるのかな・・・みんな。



2011/04/26


人生何かしらやる事そのものがイジメにつながってるのであって、そこが問題だ。


要するに安心安全の社会の中で私たち何やっていいか分からないし。最初から詰んでる。目的がない。故にfg-4的人生、或いは、fg-2的人生に憧れるのではないか?


そもそもの話、この社会を統制する機構も無いし。なんとなくfgは母様に頼り、それでmgが省かれているのだろう。


母様の下の統制は完璧ではあるが、それが故にmgが入って来た時、とてつもなく不完全なものになってしまってるのだ。マインドセットされてない私も実はヤバい。


この先、マインドセットされてない私たちは存在そのものの不安に漠然と突き当たるんだろう。私が懸念してるのは、そっちだ。イジメそのものは人死にが出ない限りにおいては、さして問題ないと思える。むしろ問題解決に使える事象そのものになる確率はある。


最近、小説とか読んで「恋」について考えている。単体で生まれて来る私たち。「遊び」が少なすぎるのではないか?



2011/04/25


校長が生徒の属性マッピングのようなものを創ってた。校長、意外と仕事するのでビックリ。


とはいえ、そんな管理的なマッピングと校長のふに〜って感じが全然合わないと言えば合わない。こういう事態にも放置するような人が校長だと思ってたのに。


とか思ってたけど、校長いわく、これを以て、生徒を管理する意図はあまりないらしい。


使いたい人は使えばいいし。教職員に関してはアップデート自由なんだそうだ。意外とそういうアーキテクチャー的な所に解決法を探してるんだろうか?まあ解決しないと思うけど。


ていうか、校長も最初からそのつもりなんじゃないかなー。解決つっても、どうなんだろう?正直、たぶん校長も暇なんだな。って思った。ふに〜ってしてる人も心中いろいろ、ふに〜っとしてるだけではいかんのじゃないか。人生何かしらやらないとなー。



2011/04/24


少し出かけた。何処へともなく海の方へ。


海を見ると少し気持ちが落ち着く。と同時に、あの一人だった不可思議な日々を思い出す。


私の中で世界の風景は未だ「あのよう」であるのかもしれない。それが良い事か悪い事かは分からない。でも、今や、それが私の特性なんだろうし。そして、そういう特性は経験から生まれて来る。


そう考えると、ずっと学校にいるfgがイジメを求めるのも分かる気がした。なんかの変化を起こすにはなんかの変化を自ら起こすしか無いんだし。


しかし、いつだってそれは自らの安全のために弱者に向けて変化を起こそうとするから問題なのだ。安全なところで起こそうとする変化ほど、ろくなものはない。



2011/04/23


休みにぼーっとする。何もやる気ない。最近、自分の性格が変わって来てるのを感じる。多分あの展覧会のせいだろう。クラス替えのせいかもしれない。


何か張りつめていたものが一気に開放されたような。私も絵を描いたらどうだろう?そんな気にもなって、再び絵を描いてみたけど、やっぱり、私のは機械的なそれだった。私つまんないなって思った。fg-4のように山に籠ったらどうなるだろう?



2011/04/22


今日も今日とて授業。だんだん授業に実が入ってないのが自分で分かる。


先生がそんなだから生徒も推して知るべしだ。こういう状態そのものがイジメを産み出す温床になっているのだろう。


いかんなぁと思うが、実が入らないものは入らない。人間そんなものなのだ。流されるのもまた一興。暇=何かしようの観念の発露がイジメなのだとしたら、それもまたむべなるかなである。所詮、人の世に悲劇が無い方が不自然なのだと思わなくもない。fg-4のように生きられるのは、ごく稀なのだろう。それだって良い人生なのかどうか知らんけど。



2011/04/21


朝、校長がイジメの実態をレポートした。私の聞く限りでは、そんなに酷くない。fg-2が派手にやったけど、派手にやってる分だけ、陰湿にはならなかったんだろう。あのクラスの場合。


まあ、大体の傾向としては、今の所、陰口とか何とかいやがらせレベルで命には支障が無さそうだ。という事は、左程の問題ではないだろうと思うが、当事者にとっては左程の問題でもあったりするのだろう。


内実としては、やはり、mgは、ほとんど全員と言って良い程、いじめを受けている。まあ、割りとマインドセットされてないmgにfgが羨望を感じてやってる面もあるんではないかと。


私があのまま生徒だったら、この事態にどうしたんだろうなぁとか思う。まあ何もしないだろうけど。割りと私が生徒だったら、fg-3に近い状態になっていた気はする。そして、それはそんなに悪い想像でもないし。正直、最近、先生である事がめんどくさくてしょうがなかったりもする。


旅に出たいなぁとか思う。



2011/04/20


しかし、生徒会長はよく動くな。ある意味、イジメのおかげで活き活きとしてるレベル。それに釣られて、fg-3も多少動いてる。まあ、お前は動いた方が良いだろ。人生ぬるすぎるからな。


とはいえ、してみると、そもそも人形的な私たちにとって慟哭もまた稼働原理だという事なんだろうか。だとしたら、真相はそのへんにアリなのかな。はー。しょぼいな。もっとfg-4的な何かがみんなに起きないもんだろうか。みんなに。全員に。私にも。人間が少ないとやる事が少なすぎる。というのもある。



2011/04/19


いろいろな話は入って来るが、特に何事もなく授業をする。こういうのは、どうにかしようとしてもしょーがないし。私がそれにつき合ってもしょーがないし。そもそも私に助けを求めて来た生徒もいないし。私もいじめられてないし。mg-1ですら、実際まだいじめられてないわけです。たぶん。しかし、危機はすぐそこまでやってきてるんだと思うよ。


でも、すぐそこと実際来てるのとでは全く違うものなわけです。そのへんをマネジメントする自信はあるかも。



2011/04/18


学校の空気が少し殺伐としてきた感じを受ける。まあ、自分のクラスにおいてもmg-1へのみんなの視線がどうにも気になる。かといって、私には何も出来ない。ていうか、しない。生徒会長が余計な事をしようとするのを止めるぐらいだ。それもしてないけど。


スペックの高さは、それそのもの狡猾とも言える。駆け引きだ。授業の文言にイジメよくない的な雰囲気を盛り込む事すらも生徒から日和ったと思われる一要因になりかねない。それぐらいfgは鋭く差異を読み込む。


どだい同じ顔の私たちは、考え方もほとんど同じで、どうにもならない。単一のルールが悪いのだ。盛り込むのは、mg-1ただ一人に向けたメッセージである。彼女の事を理解して、そっと支えて上げるぐらいの事が今の所の私の仕事だろう。つっても、ウチのクラスでは全然いじめ無いけどね。このまま無いと良いね。



2011/04/17


校長と街中を見回る。こういう事をしてると暇だなぁと感じる。


そもそも私たちのスペックから言って、イジメが問題になるのかどうかと私は思わない事もないけど、それは裏を返すと、この延長上にものすごい争いが起こり得る気もするので、事態はややややこしい。


そもそもがこの学校はロールプレイなのだ。何のしがらみもないはずの私たちが学校に来る意味も本来ないし。スペック上、生きる術がすべて整ってる私たちは、特に学ぶ事もない。


私たちに分からないのは、私たちの生きる意味だけだ。それすらも私とmg以外は、母様にカットされる問題だし。つまり、何でイジメなんか起こるのかサッパリ分からん。学校に依存しなきゃ生きづらい程にしがらみが出来て来たって事か。それはそれで良いような気もするけど、やってる事がしょぼい。人間そんなもんなんでしょうか。



2011/04/16


イジメが表面化してきた。サッカー部ですら揉めたらしい。避けられんの?これ。


理由が全く持って分からない。クラス替えする中でみんなの気分が変わったのか、潜在的に抑えられてたものが爆発したのか、休みの間に仲間同士群れて他のグループが気に入らなくなったのか?大体、最後のが合ってそうだな。


事実として言うと、もはや、このイジメはfg対mgの様相ですら無くなってるようだ。急展開。グルーピングがはじまった。まあ女の子ですからね。着てる服が何だとかどうだとか、そういう話も多いらしい。しょぼい。それだけ学校が日常になったって事か。イジメがどのくらいヤバいのか校長が調査に入ったようだ。



2011/04/15


結構なスピードでmgへのイジメが広まっているっぽい。個人的には、かなり成功に関してたクラス替えも随分ケチがついてしまったように思う。


まあ、物事、何かを改善したら、何かが悪くなるという事なのか。しかし、この程度のイジメ、簡単に沈められるような気もするし。とか言ってたら、fg-2が同じクラスでイジメがあるのを見つけてぶち切れたらしい。イジメやってたfgをぼこぼことか。マジか・・・何だ、それは。はぁ。めんどくさい。なんで高度な知性を持つはずの私たちがこうなりますか?アホか・・・もう対立は避けられんな、私たち。



2011/04/14


はじまって早々、案の定、mgイジメがちくちくとはじまってるらしい。他のクラスだけど。そっかー。


こういうのは何なんだろう。よく分からないな。分かった方が良いのかな。分かっても対処法無いような気がするし。まあ人間がそういうものなんかとも思うけど、私ら人間でも無いので、母様はどういつもりなんだろ。mgといずれ戦争でもやる気なんかな。


いずれにしても、気分があんまりよく無いし。それに関して、あいかわらず生徒会長が走り回ってるけど、多分そういうのが事態を悪化させるんだろうなぁ。さりとて、mgが学校に来なくなるのもねぇ。はぁ。マジか、これは・・・しょうもねー。



2011/04/13


他のクラスも概ね活性化してるようだ。クラス替えというのは随分効果あるんだなーと、そんな単純な事にいちいち感心するはじめての経験の数々。


校長は学校のもろもろを安定させようとしてるらしく、当面は転校生もそれほど来ないというような気がする。まあ、分かんないけど。最終的に決めるのは母様なんだろうし。ていうか、それも分かんないけど。


人が増えるといろいろな事が複雑になる。一人を知ってるからこそ分かる事もあるし。それが足かせになってくる事もあるのかもしれない。いずれにしろ、私の経験は私以外に出来ないんだなーと思う。みんなそうだ。



2011/04/12


生徒会長が軽くうざい。まあ、それはそうだよな。あの生徒会長だもの。という感じも。


生徒会長がいる限り、mg-1のイジメとか起こらなそうだけど、影に隠れて誰かやったりするのかな。それが心配。潜った方が悪化したりするからなー。


あと、生徒会長は意外と特定の人間に肩入れしないように配慮する感じなので、それもそれで分かりづらくはある。人間はニュートラルではない。というような授業をしてみた。なにか議論が白熱した。議論って白熱するんだ・・・。



2011/04/11


授業がはじまる。と言っても、自己紹介とか簡易的な感じ。今回は、明確にスタート感があるので、前のぐだぐだなはじまり方とはちょっと違うように思う。と言っても、これからまた生徒がどんどん増えて来て、ぐだぐだ感が出て来るのかもしれないが。


自分の授業は前の生徒と同じようにやる事にした。要するに私の先行した経験を基にこういう世の中で私たちがどうしていくべきか?というような話だ。


さりとて経験的な事から話す事は少し危険だなとも思ったので、そのへんをもうちょっと修正してみようとかも思う。さて。このクラスからfg-2とか、fg-3とか、fg-4のような個性派な子たちが現れてくれるだろうか?と言って、生徒会長に関しては、もう完全に曲者なのであるが。いや。すごいね。授業中、突っ込むね。こういう生徒もいるんだ。ビックリした。手を挙げまくり!!!



2011/04/10


ゆったりと明日の準備。生徒のプロファイルを眺めつつ、どういう授業をしようか考える。


と言っても、生徒の全員が変わってるので、当面は前やった事のトレースになるだろう。ていうか、こうやってローテーションしていけば、それなりに多様性がついていくかもしれないなと思った。まあ、出たとこ勝負だな。



2011/04/09


今日は職員一同で今後の話し合い。校長から、今後の学校の方針など、色々な話をされる。校長がだんだん校長らしくなるので驚く。


予想された事だが、時が経つに連れて、私の特殊性というかリードしてきた部分は、数多の個性にかき消されるようになってきた。それはそれで良いのだけれども、今後はもうちょっとシリアスに自分の人生を考える必要もあるのかもしれない。


という想いと、しかし、この世は相対ではないので、まあ別に良いのではないかという気もする。まあ、私はそういうのを別に良いのではないかと最終的には思わない気もするのだが。自分の適当さは真面目さに基づいてる気がする。



2011/04/08


fg-2、fg-3、fg-4の3人とクラスが分かれ、mg-1と生徒会長が私のクラスにやってきた。これはちょっとすごいクラスだな。校長がわざとやった気がする・・・。


実は、このうち、fg-4は本当に学校を辞めてしまったのだ。放浪の旅に出て、絵を描きながら生活してみるとの事。ううん。てことは、もう100号の絵とか描かないのかな。何描くんだろ?方向性がよく分からん事になってると、それを聞いた時に思った事は思ったが、fg-4の事だから、なんか考えてるんだろう。


まあ、どっちにしても、今後が楽しみだ。来年は「外の人」として、展覧会をやってくれればいい。それが一番良いのではないか。何しろ、私たちには、もっともっと色々な刺激が必要だ。



2011/04/07


入学式。結構な人数が新たに生徒になった。これでどのクラスもほとんど埋まった感があるので、一旦、転校とかは収まるのかな。


生徒の内訳を見るとmgがかなり増えている。と言っても、学校では一割にも満たない20人ぐらいだ。


新学期には、クラス分けを編成し直して、クラスを変えるらしい。それが良いかもな。


流動性が高いのは、リスクも高いけど、同調圧力が防げるので、その方が良いように思う。そもそも、私たちは母様に守られているのだから、こんなに集団でいる必要もない。mgはどうか知らんけど。私も。



2011/04/06


展覧会が終わった。今日は結構な人が来たが、やはり、それは学校の生徒や教員だけだった。


この展覧会は、sg-13が現れた事で大成功に終わったが、それでも生徒会長は幾ばくかの不満を感じているようだ。fg-3はどっちでも良いといった感じでいる。


私としては、生徒会長の心情に近い。というより、こうした催しを通して、今回、この世界の閉鎖性が更に強調され、この世界の狭さに時々、息切れするような感覚になる時があった。


無論、孤独だったあの時と比べると全然マシなのだけれど。


おそらく人数の問題だけでもないのだろう。あの自由だった時と比べての今の不自由というか、職業。


この展覧会に縛られる必要のない私がムダに縛られてしまったという現実に、私は私の中で少し思う所が出て来たのかもしれない。休みはもう無い。明日は入学式なので、展覧会を速やかに搬出して、明日の準備に備えなければならない。打ち上げや反省は、その後だろう。



2011/04/05


もう少しでfg-4の展覧会も終わる。明日まで。


展覧会の会期は当初の予定と少しズレてしまった。まあ、fg-4としては、sg-13と出会えたからもういいやって話もあるだろう。


結局、よんちゃんとか、遠くの人たちは全く来ないで展覧会は終わってしまうのかもしれない。まあ、それはそれで良いのだろうし。しかし、自分たちが主体的に何かやったとして情報のリーチ方法が意外と無いなって事に何となく気づいた。


そういえば、この世界にはテレビもラジオも無い。


デバイスは情報源だが、これで情報を学校外に拡散させるのは難しいだろう。結局は母様に頼れれば楽なのだが、当然、そういう事を母様がサポートする事は無いし。そもそも、それは主体的な活動にはならないのでダメだろう。



2011/04/04


展覧会も残りわずかの日程。今日もあまり人は来なかった。


しかし、このままあまり人が来ないとしても、fg-4にとっては、sg-13と出会えた事で、この展覧会をやった意味が全て良かった話となるだろう。そして、それは同時に生徒会にとっての成功の話でもある。


そして何より、今回もう一つ良かったのは、mgは、よく来てくれた事だ。学校外のmgは今の所まだ来てないが、学校に通うmgは全員何度も来てくれたし。今日もmg-1がバイトに行く前に立ち寄って、fg-4としばし談笑していた。


mg-1は意外にも絵が好きなようだが、その好きな絵の傾向は割りとアニメっぽいというかフラットな絵が好きなようだ。


mgには、そういう傾向が強いような気がする。抽象画を好むというよりは、もうちょっと分かりやすい所で「けれん」みたいなものを創ってる絵が好きなようだ。


無論そういう事が分かるのは、fg-4の絵が多彩だからではある。fg-4は本当に色々な絵を描いてるなーと改めて感心している。



2011/04/03


昨日の今日でfg-4が大変、興奮している。sg-13が山に住んでいると聞いて、私も山に籠ろうかなと言い出したり。


しかし、思いつきだけど、意外にそれも悪く無いアイデアではないだろうか。fg-4が私の授業を受ける意味を私が創り出してあげるよりも、彼女は彼女の彼女が望む道を進むのが良いように思う。


もう一つ言うと、fg-4が山ごもりした事で絵が変わるなら、その変化は彼女の絵がスペックの賜物ではなく、彼女の絵そのものだという事の証明にもなるだろう。


しかし、もちろん、その逆もあるのだ。そして、fg-4がおそらく確率が高いであろうその事実に触れた時、彼女はそれでも絵を描き続けるのか?という事も考えないではない事ではある。


今日はあまり展覧会には人が来なかった。



2011/04/02


sg-13 が来た!!!


前に出会ったあのsgだ。街中のビラを見て来たらしい。まさか学校外のfgの前にsgが来るとは思わなかった。


曰く、sg-13は絵が好きなんだそうだ。自分でも絵を描くらしく見せてもらったが、それは見事な絵だった。


fg-4のそれとは違う。また何と言うのか、ある種、スピリチュアルな感じも漂う神々しいF10のアクリル画だった。


fg-4はそれにすっかり刺激を受けたようだ。二人の話は弾んでいて、fg-4も目標が出来たと言っていた。fg-4は負けを認めたという事なんだろうか。どうなのかな。


私の目には、fg-4の絵の方がすごいように思う。それは贔屓目か、或いは、同じfgゆえの同調なのかもしれない。私には、絵の評価が出来ないのかもしれない。しかし、それで良いじゃないかという事も思うのだ。



2011/04/01


今日も同じような感じだった。とりあえず今後の展開をいろいろ話しながら、サッカー部の方の見学などもする。ぼーっとした毎日。これから私たちどうすべきなんだろうなぁとか、ふと思う程の暇。



3月の日記


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