水道から蛇口をひねるように私たちは生まれる。


コードナンバーは、fg。母はΩオメガ。


母から1番目に生まれた量産型女の子。それが私。


製造ナンバー:fgー1。


何故か胸の内にある熱い想い。


まだ見ぬ少年(かれ)に会いに行く。





2011/01/31


結局、私たちは何の為に存在しているか?という事に尽きる。無論、既に存在してるので、そんな事を考えても仕方のない面はある。


日常が良いのは、そうした根源的な問いをスポイルする事だ。端的に学校がはじまれば、そういった問題はどうでもよくなる。世界は「それ」に沿って動いてるし。その中で私がやらないといけない役割は私がやらないと周りが困るという事はある。


では、人間存在がそういうソーシャルな中にしか立ち上がらないか?というと、それもまた経験上、ちがうだろう。私は、人間のいない中、一人だったし。そこで見たものは大きい。


とはいえ、あの状態は妹たちの誕生への待望はあったし。よんちゃんのような存在への待望があった事を考えると、やはり人間というものはソーシャルな存在であるべきなんだろうとは思う。


いずれにせよ、mg-1という存在が私たちの存在意義を揺らがせている。それは揺らがせているから悪いのだろうという話でもなく、むしろ、私は逆だろうと思っている。


この世界における欺瞞。嘘くささ。確かなものの無さ。そういった中における私たちの母様頼みなその生活は、いずれ破綻した方が為になるのかもしれないという事を私だけは感じていた。


今は、それは私だけの問題ではない。多かれ少なかれ、この世界は情報がまだまだ足りないし。隠蔽されてるし。そして、それを知るでもなく、普通に暮らせるのもまた私たちなのだ。私たちは、何の為に生活をしているのか?死なないため、という消極性ゆえか?疑問は尽きない。



2011/01/30


日曜日はよくもあり悪くもあり、日曜日の由来はデータダウンロードする限りにおいては分かるが、それ以上の意味はよく分からない。私たちの生活に合ってるのかどうか。


もともと学校がロールプレイでしかない私たちに日曜日はどういう意味があるのかと思う。そもそも時間はフレックスに存在しているし。しかし、その中で正確に「動けてしまう」のが私たちだ。寝坊とかする事も無いし。元より睡眠すら本来、必要でもない。


私たちの機能は機能的に最大限、有効活用される事はあるのだろうか?とは、時折、思う。有効活用されるとしたら、どういう状態か?それを考える時、むしろ生活の困難が求められるだろう。


世界というのは、矛盾を抱えているというか、陰と陽の対立的な事だろうが、そういう二律背反があちこちで顔を出しており、そのバランスで成り立ってるものだなーとは思う。


まあ、それはともかく、今日、fg-3が創った煮込みハンバーグがものすごく美味しかった。これもまた世界の二律背反の一つだと言えるだろう。突き詰めれば、そもそも、この肉は何処からやってくるのか?スーパーは何処とつながってるのか?色々とこの世界はおかしい。



2011/01/29


停滞を好まないのは、みんなが同じようなスペックを持ってるが故の停滞、或いは、母様という絶対的な存在に支配された不文律故の停滞の裏返しだろう。


そういうのを覆す方法として、安直にはゲームなどがあり、そうでない場合は能動的に自ら何らかのアクションを取らなければならないが、後者をやる人間は少ない。


後者が何故行われないかといえば、それはアイデアが無きが故だろう。また日常が安定してるので、生きる本義的には、それを崩す必要が無いという事もある。


いわば、私たちは動物園の動物たちのような状態ではある。チャンスはもちろんあるが、社会が小さいので、社会外にそのチャンスを広げにくいというのも問題だ。mg-1の問題も結局には、そこに尽きるだろう。


mg-1というからには、おそらく、mg-2も3も何処かにいるか、いつかは生まれるものではあるのだろう。そういう変化を待望する気持ちはあるだろうし。仮にmgの方が、fgより世界に溢れれば、その世界の構図は全然ちがうものになるのかもしれない。


先の事は分からない。その当たり前の事実は、私たちに良くもあり、悪くもある。つまり、人生というものは、そういうものなのだろう。



2011/01/28


mg-1の事を気にかけてるのは、私だけでもなく、fg-10の所にmg-1が最近よく言ってるんだそうだ。


確かにfg-10も母様に制御方法を変えられた、この世界におけるアウトサイダーであり、そういう意味で気が合うのかもしれない。


してみると、fg-10は、その欠落した存在感とは裏腹に、というか、そうであるからこそ、ある種の人々を惹き付けて、その存在を肯定する良いHUBのようなものになっているのだなーと思う。


mg-1は、辛くとも哀しくとも逃げるの場の無い状況にいる。そういった困苦を少しでも和らげる存在があるのだとすれば、それもまたアウトサイダーでしか無いという事だろう。


そういう意味では、fg-10はいつだって哀しかったのだ。そして、その存在に気がついていたfg-3の嗅覚もまた優れたやさしさだなーと思う。彼女はfg-4の展覧会の準備の中、今回の一件について、生徒会として何か動こうとはしているようだ。


だんだん学校も変わって来たのかもしれない。それは単純に停滞を好まない私たちの生態故の変化でもあるのだろう。みんな、心のどこかでこの状況にワクワクしているのだ。



2011/01/27


mg-1の事態は収拾がつかなくなってるらしい。まあ、そんなに他人のクラスの事に首を突っ込むものでもないけどさ。さてどうしましょうね。


多分、mg-1の事が気になるのは、私が唯一、母様にマインドセットされてない人間だからで、他の子たちは少なからず、fgの方に肩入れしてしまうような作用を全員が受けているからだろう。私が口を出さなければ、それで収まるのかなとも思う。


実際、私は口を出す気はない。それがmg-1にとって試練であろうが無かろうが、そこで生きるのがmg-1の筋だろうし。そしてまた、それが出来るからこそ、mg-1は先生に歯向かったような態度を取れるのだろうとも思う。


大人しい見た目と違いmg-1は野獣だ。おそらく彼女はその体内の野獣にも恐れを抱いてるし。事の次第をどう転がして良いか全く分かってないはずだ。というより、分かりようもない。世界の中にただ一人、自分だけが違う機体だというのは圧倒的な孤独だろう。


彼女はそれ故に私たちより何かを背負えるし。背負わされる。それがどう転ぶか私は明確に見極めなければならない。おそらくは、校長の態度もそんなところだろう。


手を出してあげるだけが正義でもないのだ。それは、それをやってしまうと、彼女の担任fg-70のやり方を否定する事にもなってしまう。難しいディレクションが生まれたものだなと思う。でも、本来、人間関係において、こんなのは序の口なんだろう。それは数多の小説やビデオグラムのアーカイヴで虚飾として学習してみてはいるものだ。こういう時、プレデータの多寡は活きて来るように思う。


mg-1には、どんなデータがプレインストールされているのだろうか?



2011/01/26


mg-1は全然うまくやっていなかったらしい・・・mg-1が暴発したそうだ。ケンカ。そういえば、この学校において、はじめてのケンカなんじゃないだろうか?


考えてみると、登校拒否児がこれほど出る中で今までケンカらしいケンカすら無かったのもおかしな話だ。やはり、母様のマインドコントロールが制御していたのだろう。不満が何らかの方法で解消されてたのだとも言える。


事の発端は、授業がまるで分からなかった事によるんだそうだ。先生に、何度も色々聞返してたら、先生が「いや、こんな事、別に分からなくてもいいから。覚えてもしょーがないから」とか言ったんだそうだ。なんて、正直な奴。それ言っちゃダメだろ。


それに対して、mg-1が、「じゃあ、なんでそんな事教えてるんですか?」とか何だとか。まあ、ケンカの常として、発端はしょーもない言い合いではある。


周りの分析としては、「あの子、休み無く働いてるからストレス溜まってるんでしょー。今まで出来なくても黙ってんだし。そう考えても、ふっかけた感じだったし。」というような話だったが、まあ、それも全く正しい分析なんだろう。そこがfgのダメなところだ。


率直に言って、mg-1というたった一人の存在によって、fgの存在は随分ふらついてきてるんじゃないのか?と感じた。いままでロールプレイでやってきたものがロールプレイでは済まなくなってきてるような。そんな変化は確実に出て来てると思うのだ。



2011/01/25


mg-1はそれなりにうまくやっているらしい。ならよかった。


しかし、話を聞くとみんなのmg-1に対する関心は随分、薄れていて、若干、孤立した感じにはなってるそうだ。それは、うまくやってると言えるのだろうか。


fg-2、fg-4がいるとはいえ、教室にいるfg-3も似たところがあるので、それはmg-1の性質のような気もしないし。みんな、そうなんだろうという事で、そうなってる気がする。


実際には、どうか分からない。mg-1はデバイスすら持っていないし。それ故、話の輪に加われない。リアルの会話でやりとりをしていかないと彼女の想いはなかなか我々には伝わらないだろう。


しかし、彼女は寡黙だ。いろいろとコンプレックスはあるらしい。声とか。容姿にも。



2011/01/24


学校がはじまってデータダウンロードで行き渡った情報が更に交換されて色々なある事ない事に変わっていってる気がした。それはそれで面白い現象だろう。


こういう時、教師は精度の高い情報以外、教えられないので、生徒の期待にはあまり応えられず、抑える側に回らなきゃいけないのが弱みだなーとは思う。


実際問題、母様からやってきた情報でしか無いので、それ以外を知る術のない我々がそれ以外を知ってる可能性は薄い。大半が空想だろう。


中には、実際、どっかに行って、sgに会ったっだの、pgに会っただの言った言わないの話があるが、pgは明らかに嘘ではないか。sgはあり得るかもしれないが。


いずれにせよ、あれだけ理知的に見えた私たちがこうして流言に流されてるのをひどく劣化してるように思うし。同時にそれは人間くさくて良くなってるんじゃないかと思う。しかし、その輪に加われないmg-1からすると、ひどく不安定な状態には映るだろう。


今日は会っていないが、うまくやっているんだろうか。



2011/01/23


お休みなので、ぼーっとしつつ、明日からの学校のことをまた考える。


特に何という事も無いのだけど、結局にぼーっとするのは、学校が無いと退屈だからだろう。


予想としては、明日から色々起こるかもなーという予想をしているが、現実には、多分、平穏な毎日を予想しておく。


mg-1が私のクラスに来ていたらという想像もするが、母様の配分から言って、それは無いんかなーとも思う。でも、それを言ったら、私が教師になる事も阻止したんかなーとも思う。


いつの間にか、母様に対する不信が高まってる自分に気づく。結構、危険な状態じゃなかろーか?


いずれにしても、休みの日はぼーっと出来るので良いですね。気になって、スーパーに買い物に行ってみたら、mg-1は今日も働いていた。


彼女に休みは無いんだろうなー。しかし、その態度がいつもぼーっとしているので、fg-3にちょっと似ているかもと、そこのところは思った。



2011/01/22


母様が猛烈にデバイスに情報をダウンロードしてきた。おそらく、他のfgには直に情報をインプットしているんだろう。


fg-3に確認してみたら、やはり、そうであるらしい。OSのバージョンアップを行ったみたいだ。私はデバイス接続して、手動でやれとメールが来た。やらないけど。


その事で私と他の子たちの関係が変わるのかなと恐れていたが、fg-3と話した感じだとそうでもなさそうだ。


メールの情報を読むとメンタルセキュリティ関係の更新が主で、その他は世界についての情報が更新されている。


今この地区には、fgの他に、mgとsgがいるらしい。他にpg、ag、agは、よんちゃんたちの事だ。それぞれの親の名前も書いてあった。だいぶ世界の情報がクリアになる。


こうした情報は私たちのデバイスに流れているだけで、mgには行き届かないはずだ。


きりきりと母様はmgに圧力をかけている。そんな事を私は思った。母様たちは戦いをしているのだろうか?これは学校は荒れるぞ。とんでもない事になる。


いずれにせよ、母様はmgは守らない。しかし、私は教師として、mgも守る。それだけはハッキリしている。校長は母様からデータダウンロードさせられるので、mgを守らないだろう。哀しいかな、これから、そういう事が起こる。私は、そう予感する。



2011/01/21


楽しくなって来たと言っても、実際には、私は生徒の攻撃対象にはなってない。今の所。というか、多分ならないんだろうなと思う。fgは、そこまでアクティヴじゃないように思う。


mgがもっと増えたら、事態は変わるのかもしれない。攻撃性が発生するのは変化による内的な不安への対応だろう。であるなら、もっともっと事態が変化していった方が感情が流転するはずだ。


全体、私たちはまったりとした平穏に慣れすぎてるというのはある。そこを私はブレイクしたいが、しかし、それで社会不安みたいな事が起こるのもちと不味い。そのさじ加減。


結局に、みんなは母様の庇護にどっぷりと浸かっている。私とmg-1は、そうでもないから他人から見て脅威ではあるのだろう。要は、母様に操れない存在だという事だ。


母様との関係を私が働きかけて断とうとしたとして、母様がどう反応するかは分からない。


この世界は、いつも母様にふたをされているし。それが安心・安全につながっている。それは今までは良かったが、mg-1が現れた以上、それだけではダメだろう。


それは、よんちゃんをはじめに知った私が一貫して思い続けてる事でもあるかもしれない。あちらもあちらで理不尽に親の言う事が幅を利かす世界だったし。よんちゃんがいるなら、この世界はfgにとって都合の良いだけのものにしてはダメなのだ。それは数の論理が幅を利かすという事だろう。だから、母様は大量に妹たちを産んでいるのか???だとしたら、悲劇だ。



2011/01/20


mg-1はすごい劣等生なのだそうだ。劣等生!!!!!この世界では、はじめて聞く言葉だ。まあ、fg-3という先例がいない事はないけど、アイツの場合、偽装劣等生だからな。いまや副会長でファンも多いし。


mg-1は、そもそも全然、勉強ができないんだそうだ。要するに100点が取れないという事だ。授業にも全然ついていけないらしい。なので、休み時間も必死に勉強していて、周りがそれを見てからかってるような所がある状態だ。


その話を聞いて、へえ。fgって、他人をからかうのか!!という事を先ず思った。みんなもっと大人だと思ってたけど、意外と生徒は生徒で子供なんだろう。教職員を見るとそんな感じはしないので、これはスペックの問題でなく、ロールプレイに対する「慣れ」の問題だと思う。だとしたら、何か。この学校は、生徒を学校に置く事で劣化させてるって事じゃん。これは大問題なんじゃなかろーか?


今まで校長の人間性にほだされて、その運営方針に口をつむってきたというか、まるで問題を感じずに来たが、ここに来て、ちょっと不味くね?って事を思った。校長もそう思ったのか、私は教頭と2人、校長室に呼ばれて、色々と話し合った。


その話し合いは色々と興味深かったのだが、結論としては、他人をからかうのは学校のせいかどうか分からない。そもそもに母様がそれを矯正しないという事は、それで良いと言う事だという結論になったが、私はイマイチ納得できない。


納得できない私こそが、生徒の攻撃対象になる事もあるな。という事も思った。ていうか、校長に「気をつけて」と言われた。まあ、良いけど。望む所だし。そういう生徒、出て来ないかな。楽しくなってきた。



2011/01/19


登校拒否児が出ないというのは、しかし、どうなんだろう。生徒の顔などを見るにつけ、そう思った。この子たちは私に従順すぎるのではないか?もちろん、あの3人の例外たちを除いて。


fg-55の、あの従順な態度とかもどうなんだろう。良いのかな?


まあ、でも、社会っていうのは、そうやって構成していくしかないんだし。維持されてるって事は構成されてるって事なんだろうし。みんながボスになろうとしたら、最悪なマネージメントなわけだし。


さりとて、スペックが同じなのに平等にならないというのも偏差だなぁとは思う。世界は、そういう偏差で成り立ってるんだし。良いんだけど。


まあ、mg-1も現れたところでそういう偏差も色々と見えて来る所は出て来るのだろう。ところで、mg-1は、あまりクラスの中でうまく行ってないないらしい。やっぱ、そうなのかな。


彼女は何かすごい戦いをしているような気はする。そんな気はする。面構えがすごい良いのだ。



2011/01/18


何事もなく授業が過ぎる。まあ、いつも何事もないのだけど、何事も無くていいのかなといつも自問する。いつもというのは言い過ぎだけど。


一体全体、生徒は成長してるのだろうか?私たちの成長の概念がよく分からない。成長したとして、その事をどうやって発露すればいいのかな?fg-4だったら、絵が巧くなってるって事かな?


しかし、fg-4の絵は、どんどんすごくなってると言えるのかな。変化はしているんだろうけど、改善のポイントがどういう所なのかというとどうなんだろう。そういう所は難しい。


いずれにしても、教育と言うのが、ある世界への最適化を促す行為だとするなら、この永遠かもしれない学園生活をまったりさせるのもアリではないかという気が私にはしている。


登校拒否児は増えて来ているけども、少なくとも、私のクラスからは出ていないのは、私の影響もあるのかなとちょっとは思っている。



2011/01/17


学校の中でも、あの物体を見た人がいるらしい。割りと学校の中でも、あの物体の事が話題になっていた。


物体と書いたが、その正体はあっさり判明したらしく、あれは、やはり、mg-1というか、mgシリーズの親だそうだ。デバイスにそういう情報が回って来た。


それが本当かどうかはさておき、あれがmgの親であるとしたら、母様と違って、随分、アクティヴな生き物なんだなぁと思う。ていうか、生き物じゃなくて、人って言った方が良いのかな。母様の時は気にしなかったが、そもそも私たちの親は何なんだろう?人間と言って良いのだろうか?


それは、いわば、神のようであるなぁとも思うのだけど。でも、母様の事は流石によく分かる部分があるので、母様はやっぱり私たちの親でしか無いんだし。そうだとすると、あの高速の生命体の人ともまた会ってみたい気はするのだ。


もっとも、あんなに速く飛んでいたら、近づきようも無いのだけど。そんでもって、親がまだ近くにいるという事は、mg-1の兄妹(姉妹?)は、これからどんどん現れるのかなぁ。楽しみだな。



2011/01/16


休みなので、少し気晴らしにふらふらと飛んでみた。飛んでる最中にsg-2に会わないかなーとか思うのが、いつもとの違いだ。


しかし、若干、遠くまで飛んだところ、異常に大きな物体が高速で過ぎ去って驚いた。あれは何だったんだろう?


感覚的には母様のような感じがしたので、もしかしたら、sgかmgの親なのかしら。


いずれにしても、今まで私が見た中でも、この世界の未知なるものとして、最大のものだった。ドキドキした。


何か、本当に、世の中、変わるんじゃなかろーか?そんな想いが胸に支配しはじめた。実際には、その夜、散歩から帰ってからfg-3と普通に料理したりしたけど。日常もまた強いな。



2011/01/15


mg-1やsg-2も現れて、いよいよこの世界も大きく動く予感がしているが、実際には何も日々が変わる事もなく、その2人とも私は今の所、ほとんど接点がない。


マクロに対する変化は認知できるのか否かどうなんだろう?


この世界がゆるやかに変化しているものだとして、そういう事の認知を日々確認する事はほとんどない。日常は普通に流れるし。その中で、あれ?変わったのかな?という事が多くなっているという感じだ。例えば、私が孤独だった時の感情とか、すっかり今は無い。


人間は、人間の増減で色々な変化を把握するのだとして、でも、ある一定量を超えるとそれもまた分からなくなるといった感じがある。最初に身近に住んでたのが、mg-1であったなら、それは私にとって、全然、別の分岐経路を用意した事だろう。例えば、よんちゃんの所にずっといる事になってたら、私は、fg-2にも、fg-3にも、fg-4にも会わなかったかもしれないし。会っていても、今のように家族のようにふるまっていたかは分からない。


そういう意味では、変化というのは人がもたらす部分が大きいなぁとは思う。しかし、それはまだそうでない変化を体験してないからなのかもしれないとも同時に思う。私は未熟だ。



2011/01/14


mg-1の話題で持ち切りの矢先、別の機体にfg-2が会ったらしい。話を聞くと、前に私が見た子と同じようだ。何処に住んでいるんだろう?


fg-2によると、サッカー場に来て、サッカー一緒にやったけど、すぐに空を飛んでしまうので、飛んじゃダメだよと教えるのが一苦労だったらしい。考えてみると、むしろ、よくfg-2たちは空を飛ばずにサッカーやってるよね。と思った。


その子の名前は、sg-2と言ったそうだ。sg。また別の機体が現れた。


世界は、かくの如く、揺れ動いているのだなーとこれからの事を思って不安と期待が交錯した。fg-2は、そういう感情は何も無いらしい。やはり、母様のメンタルケアが行き届いてるんだろうか。単なる性格かな。



2011/01/13


学校がmg-1の話題で持ち切りの中、生徒会の活動もはじまり、fg-4の展覧会が企画されてきた。大体、3月頃やるらしい。ちなみに3月に卒業式は無いらしい。全員、留年決定だ。


私たちは年を取るのかどうか分からないとは何度も自問してきた事だが、mg-1はどうなんだろう?


mg-1が年を取ったりするようなら、学校の在り方も変えるべきなんではなかろーか?mg-1は働いてるわけだし。


まあ、しかし、今の所、一人だから、一人の為にそこまで学校が変わるのもおかしな話で。しかし、おかしな話なのは、そもそも完成された私たちに学校が必要なのかどうかという話でもあって。


基本的には、コミュニティとしては必要で、あとの部分は蛇足なんだろうとは思う。でも、教師としては、その蛇足で何が出来るかが重要だし。もしかしたら、それに関しては、mg-1は結構、必要としてる部分なのではなかろーか。私のクラスにくれば良かったのに。



2011/01/12


mg-1のいる1−3は、fg-70が先生をやっている。fg-70は、連日、人が押し寄せて来るクラスに大変そうだ。休み時間になるとすぐに職員室に戻って来ている印象。私に「大変だぁ。姉様のクラスだったらよかったのに」とか言ってた。何だそれは・・・。


噂のmg-1には、帰りにスーパーで会った。放課後もアルバイトをしているらしい。勤勉な子なのだな。やはり、アルバイトをすれば、お金をもらえるという事なのだろう。誰から?


mg-1は、見た目もメガネをかけていて、勤勉なイメージは強い。よんちゃんもメガネをかけていたので、fg以外の機体はメガネをかけてる子が多いのかなとかも思ったが、たぶん偶然だろう。


しかし、私たちfgにはメガネは全く必要でないので、身体の構造はすこし違うのかもしれない。まあ、たぶん違うだろう。ちなみに、fgにもメガネをかけてる機体は結構います。生徒会長とか。


結局に、mg-1を私たちと比べてしまうし。その事でこの世界の事を知ろうとしてしまう自分がいる。それは、普段、物事を見てない証拠のようだし。mg-1に対しても失礼かなと思える。


しかし、あの子は強い。なんとなく、そういう感じがした。私のあの時の如く、孤独を経験してるのかもしれない。



2011/01/11


ようやく登校日。噂のmg-1は、私のクラスでもなく、職員の朝礼でその話が校長の口からちょっと出ただけで、結局は会えていない。


こうして一人の人間と会おうとすると、随分とこの学校にも人が増えたなーなどという事を思う。


fg-3はスーパーで会ってた気軽さもあって、mg-1の1−3まで会いに行ったらしいが、そこには人が群がっていて大変そうだったそうだ。まあ、そうだろうな。


そんな事もあって、私は会わなくてもいいかなっていう気になってきた。好奇心はあるが、その好奇心が相手にとって迷惑であれば満たす程のものでもない好奇心ではある。


同じ学校にいれば、いずれ会うだろう。むしろ、熱狂は冷めやすいので、そこが心配だ。こじれなきゃいいけど。まあ、母様がコントロールするので大丈夫か。熱狂と言っても、そこまで本気で熱くなる感情が私たちにあるのかどうか。



2011/01/10


いよいよ明日から学校だ。mg-1が登校してくるし。久々の学校なので、少し緊張もある。今日は色々と準備で忙しかった。



2011/01/09


fg-3がmg-1と会ったらしい。お買い物してる途中にスーパーで出会ったんだそうだ。そこでレジのアルバイトをしてたんだとか。アルバイト!!?


学生になるのにアルバイトをする話をはじめて聞いた。正確には、この世界においてはじめて聞いたという事で、確かにそういう様式がある事はプレデータの中の情報としては知っている。


これ一つとっても、私たちと随分ちがう性質を持った機体なんだろうなぁというのは容易に想像がつく。ていうか、fg-3曰く、「私たちと顔が全然ちがう」らしい。


そもそもにこの世界においてアルバイトをするというのはどういう事なんだろう?貨幣が回りはじめるという事なのかな?


確かに私の下には自動的に振り込まれるお金と同時に先生をやってるお金も入って来る。でも、それは使い切れる量でもないし。使い道もない。


とはいえ、最近は、色んなお店に店員さんが現れ始めてきたから、今の生活にお金が必要でない事もない。


まあ、私たちは食べなくても良いし。部屋もあるので、その意味においては、お金は必要ないから大半の子が余ってるんだけど、でも、fg-3のように頻繁にお買い物したり、fg-4のように頻繁に画材を買ったりしてる子には、もっとお金が必要になるのかもしれない。今は私のお金も含めて、なんとなく、ある所から持って来るという形だけど。


mg-1の情報もさる事ながら、私たちの生活にお金が回りはじめるのかもしれないという想像はこわかった。


結局の話、衣食住足りてるのも母様のおかげで、mg-1はそれが無く、自活しなければならないのだとしたら、その存在が私たちに与える影響というのはどうなんだろうか?ていうか、そうか!


mg-1は、母様のマインドセットが無い存在なんだ!!!


当たり前の話だが、mg-1は母様とは何も関係のない存在・・・。もしかしたら、私と同様、mg-1も不安を抱えられる存在なのかもしれない・・・そもそもmg-1の親は誰なんだろう?何処にいるんだろう?fg-3もそこまでは突っ込んだ話はしてこなかったそうだ。会うのが楽しみになってきた。



2011/01/08


3連休なので、mg-1という子に会うまで少し間がある。その前にもう既にこの街に住んでるんだろうから、会おうと思えば会える。しかし、学校で会えばいいかなとも思う。何処のクラスに配属されるんだろうか。連絡が無いので、私のクラスでは無さそうなんだけども。


しかし、それはそれとして、今回の冬休みは少し長いようだ。長いようだと言っても、私たちには前回が無い初めての冬休みなので、まあ、こんなもんかなとは思う。プレデータの情報と照らし合わせて少し長いかなっていう具合だ。


休みが長いと意外と何をしたらいいか分からなくて焦った。普段、忙しく色々やる事があった気がするが、あまりそういう事をやる気にならないので、そういうのが休みかなという事も思う。少し街の空気が違うのかなとも思う。



2011/01/07


データがランダムに脳内に堆積しているだけで意外と俯瞰して物事の把握が出来ない事に気づく。そういった能力に私たちは劣っている。


これは一つには、母様より高次の存在を遮断してしまうからというのがある。もう一つに、母様という中心的存在が動かずにそこにある事で私たちの生活圏が縛られてしまう事がある。


以前から私たち以外の機体がいる事は確認されてきたが、私はag子たん以外と会った事が無いし。多くの子たちは、おそらくそれすらも無い。


そんな最中、校長から先生全員に向けて一斉連絡がデバイスに入って来て、3学期から私たちの学校にmg-1という子が入る事になったそうだ。


ナンバーは1。おそらく、それは私たちと同じようで違う新たな機体の一人なのだろう。今から会うのが楽しみではある。



2011/01/06


晴れの日が続く。風が強い。


気圧の変動と身体はリンクしている。しかし、このリンクを最大遮断するような術が脳内にインプットさているし。身体的な抵抗感は強いと思う。とはいえ、妹たちよりは弱いかもしれない。母様と遮断されてるので。


してみると、私の体感はプレインストールされてる諸々のデータを基準値にしてるという事になる。今更な確認。


多分この世界の不思議、あるいは、この世界の狭さについて思う事柄の理由の一つにその事は関係しているのであろう。無論、まだ人が少ないから世界が狭く感じるという事もある。


私たちは飛べるし。ものを飛ばす事も出来る。故に、乗り物といったものを必要としていないようで、より遠くに行くには、やはり、乗り物といったものが必要になるのだろう。


この世界でまだ高速で動く車や飛行機というものを見た事はない。しかし、それは何処かにはあるのではないだろうか?少なくとも、プレデータを精査すると、それが私たちの行動範囲を劇的に広げる鍵となるような気はしている。


母様から、より遠く、より遠くへと。



2011/01/05


まだまったりとしている。こういう時間が一番大事なのかも。と思えるのは、日々の学校生活が出来たからだろう。孤独であれば、不安にしかならない。


全体、何も無いので特に書く事も無い。ホントはいままで書こうと思ってて書いてない事もいっぱいあった気がするが、まったりとすると全てを忘れてしまう。


まったりするのは天気が良いせいもあるだろう。天気の良いお正月。これは最強だなとか適当な事を思った。脳内のプレデータからダウンロードして小説などを読む。こういうのが私たちは便利だなーとか思う。



2011/01/04


学校が無いとイマイチ日常の中に張りが無いようにも思う。それは私が教師であるが故だろうか?そう考えると登校拒否児たちは、どうやって日々の営みを埋めているんだろう?そう思った私は、登校拒否した先生のfg-24に会いに行ってみる事にした。


と言って行ってみたところ、fg-24は、既に前に住んでいた部屋にはいなくて、会う事は出来なかった。やはり、部屋にいるだけの日常はあまりにも退屈で何処かへ旅しているという事なのか、はたまた、今はたまたま部屋を出てるだけなのか?


前者であれば、なかなか先生としては有望になって帰って来るような気がするし。どのみち、こういう経験をしてる先生が彼女ぐらいである事を考えると何とか学校に連れ戻せれば面白いのかなーと思った。


街中を少し歩くと随分人が増えたなーと思うが、流石にそんなに気軽に声をかけられる雰囲気でもなく、みんな赤の他人といった振る舞いをした。みんな妹たちなんだけどなーと思った。こちらが1番目の機体だと名乗ったら、それなりに驚いたり対応してくれたりするのだろう。


空ではまだ球体が浮いていて、毎日毎日、一日に何度かそれが破裂している。前のように一気に妹たちが生まれて来る感じではない。しかし、妹たちは確実に生まれて来て、生まれたばかりのあのえも言われぬ感情を私同様、味わっているんだろう。味わっているのかな?みんな母様に庇護されてもっとスマートに生まれて来てるのかも。



2011/01/03


今日も特に何もないのでまったりとする。


デバイスを見ると、生徒から年始の挨拶が来てたので、それを読み返したり。通知表で書いた事のあれこれが反応として返って来ている。


いろいろ考えた事の反応が返って来ると何故だか嬉しい。多分それは行動が徒労に終わらなかったなーという何かなのだろう。


それは孤独と関係する出来事のように思う。私が消えても、私が与えた何かはこの世に残るのだし。また残って欲しいという、そのような人間の営みである。


この世界に今の所、男子はいないので、おそらくこの世界において母様から以外の誕生、つまり、fgに生殖は無いだけに私たちにおいて、その事は決定的なようにも思う。



2011/01/02


正月はゆったり過ごすものらしくゆったり過ごす。が、さして落ち着かないので、久々にゲームなどをやった。


ゲームをやりながらも、頭の中はカリキュラムのあれこれとか、学校行事的なあれこれが思い浮かぶ。端的に学校がまだ未成熟なので、もっと何かやりたいなーというような事を思う。


たぶん考えてる事の半分は、本来、校長が考えるべき事なのだし。半分は生徒会が考えるべき事なのだろう。たぶん校長はともかく、生徒会は色々やりそうだなーという気がする。そういう熱意で発足したはずなので。


してみると、校長の職務は何なのだろう。学校の安定にも努めてないので、あれで良いのかなー。


いつも校長の人となりでそんなに感じていなかった疑問が何故だか思い浮かんできた。校長は、何かある人だと思うけど、その何かに底知れないものを感じる。校長は単に役回りで校長になっただけなんだろうか?


そうしてみると、校長の人間くささこそが、むしろ、人間離れしてるところなんであって、なんというか、校長は母様に似た存在なのかもしれない。しかし、それも管理職の称号故の勘違いなのかな。よく分からない。


そのへんも母様と似たところがある気がする。立場が人を創るというだけの話かも。単に校長はなまぐさなのかも。



2011/01/01


生まれてはじめてのお正月を迎えた。おけましておめでとうございます。と言っても、何が変わるわけもなく、休みだと街がしんとしたようになるのもいつも通りだ。


プレデータによると、正月には、門松やしめ縄を飾る風習もあるらしいので、そういうのでもやっとけばよかったなーとか思うし。初詣とかも行かなきゃーというような事を思う。


しかし、クリスマスも含めて、そういうのは、そもそも宗教行事からなるものだから、それをトレースするのもなんか違うのかなーというような事は思う。


そんな事を考えてたら、fg-3から連絡があって、初詣に行く事になった。fg-3はどこからか振り袖を引っ張り出して来たが、私は持ってないので普通の格好で行く。fg-2もfg-4もそうだ。


初詣は、しかし、近所に神社が無いので、そこそこ遠くの山に行った。そこには、神社のようなものがあって、学校のみんなも結構、来ていたのだが、そこに巫女さんがいて甘酒を配っている事にも驚いた。ナンバーを聞いてみたら、fg-1538だそうだ。もう、学校に収容されないfgが山ほど出て来て、学校の存在もどことなく崩れて来てるように感じる。


どだい同じ年齢、正確に言うと、少し年下でそしてスペックの同じ子が、片方は働いて、片方は学校へ行くというのも運によるものであるとしか言えないのではないだろうか?


だとしたら、学校のようなぬるい場所には来なくても支障がないように思うし。そもそもに経済の回ってない黙ってても食べていけるこの世界において、学校に来る事そのものが無意味になってくるのは避けられない出来事になっていくだろう。


私は、お参りで、今年一年平穏でありますようにと願った。少し嘘が混じってるのかもしれない。







12月の日記


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